日々の学び研究所

日々の学びの備忘録。僕は無力だ。

うつ病やPTSDは老化の加速を伴う「全身の病気」であることが分かっているそうなのでそうなので記事にまとめました。

つ病やほかの精神疾患は、従来考えられていた「こころの病気」ではなく、「脳の病気」さらには「全身の病気」であるとの証拠が集まっているそうです。

老化が加速する

記事によると、精神的ストレスやうつ、PTSD心的外傷後ストレス障害)を長期間抱えている人は、年配者に多い病気を早く、重く発症する危険があります。

その原因は「加齢とともに染色体に起こる変化と同じものが大きなストレスやうつ病を経験した人にも起こる」ためだそうです。これはつまり「老化の加速」です。

次のような研究が引き合いに出されています。

脳の縮小:約20年前デューク大学では、うつ病を抱える年配者の脳スキャンを実施し、脳の縮小が早いことを発見した。その理由は不健康な生活習慣だけではない。

テロメアが短くなる:UCSFによる研究によると、テロメアうつ病や子どもの頃のトラウマ、またほかの心理状態によって短くなるのが加速する。PTSDを抱えたグループ推定4.5歳分老化していた。スウェーデンの科学者もうつ病において同様の結果を発見した。

老化への遺伝的な耐性が関係:テロメアは、特定のストレスホルモンや炎症性の分子により短くなり、テロメラーゼという酵素がそれを防いでいる。ストレスを抱えても老化が早くならない人は、生物学的に老化に強い要素を生まれつき持っているらしい。

個人の価値観も関係:2009年、UCSFの研究者は、悲観主義テロメアの短縮と関係し、ストレスに結びつく化学物質の分泌を増やすことを発見した。 日常直面する問題で、他の人より多くのストレスを感じやすい人たちはテロメアが短くなりやすい。

対策:生活様式を改善すると、3カ月後にテロメラーゼが活性化し、コレステロール値や心理的な苦痛の低下がみられたという研究がある。一部、抗うつ剤によってテロメラーゼの水準が高くなった人もいた。

全身の病気」

カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の精神医学教授、オーウェン・ウォルコウィッツ氏はこう述べています。

知識を深めるにつれて、私たちはうつ病を『精神疾患』や、まして『脳の病気』と考えることは少なくなり、むしろ全身的な病気と考えるようなった。

うつ病は確かに心の状態と関係していますが、単なる心理的なものではなく、脳や体と結びつく複雑なメカニズムが関係しているようです。うつ病を改善するにはさまざまな全身的なアプローチが必要で、生活のあらゆる面が関係しているとわかります。

この研究はうつ病PTSDが「心のかぜ」とはとても言えないような、とても深刻な病気であり、治療が難しい理由を示しているといえるかもしれません。それでも、治療は不可能ではなく、老化の加速は止めることができるという希望も与えてくれています。 

病気・障害の中でも歩み出すためにー「スタンフォード・インプロバイザー」から学べる3つのこと

「自分を信じてさっと行動する」。これは順風満帆に過ごしている人であっても、難しいことです。どんな人でも、初めて取り組むことには不安になり、尻込みするものです。もし自分にハンディがあると感じているとしたら、なおさら不安は強くなるでしょう。

わたしは、病におかされ、しばらくの間、自信を喪失し、まったく何も手につきませんでした。新しいことを始め、病気の中で一歩を踏み出すのを恐れていました。

もちろん、身体的な制限のために身動きが取れなかったのは確かです。しかし心理的な制限もありました。病気のために自分は何もできないと思い込んでいたのです。みなさんもそのように感じることがありますか。

スタンフォード・インプロバイザー ─ 一歩を踏み出すための実践スキルというの本の考え方は大いに助けになるでしょう。

 

これはどんな本?

著者のパトリシア・ライアン・マドソン女史はスタンフォード大学で長年インプロを教えてきたインプロバイザーです。

インプロとは何でしょうか。わたしは知らなかったのですが、この本やWeb上での説明を見ると、演劇において、即興のスキルを訓練するためのノウハウのようです。

即興には、自分を信じて、さっと行動することが必要です。そのスキルを演劇だけに限らず、実生活にも当てはめようというのがこの本の趣旨です。具体的なテクニックというよりは考え方の部分が多いですが、経験に裏打ちされた言葉には説得力があります。

本書はインプロのルールを13のテーマに分けて紹介していますが、この書評では、わたしの心に残ったエピソードを3つ紹介しましょう。

1. ひとつのことに集中する p108

「2つのことをそれぞれ片方の手で行うのをやめて、両方の手で1つのことを行いなさい」。

この書籍では、繰り返し、目の前にあるひとつのことに集中するよう勧められています。即興で演技をするには、失敗するという不安に注意を向けたりせず、今その場でできることに思いを集中させる必要があります。

これはいかにも簡単そうに見えて、難しいアドバイスです。今 目の前にやるべきことがあるのに、過去の失敗を振り返ってくよくよしていないでしょうか。あるいは、未来の起こるかもしれないことを過度に心配していませんか。

しかし、脳は一度に複数のことを考えることはできません。わたしたち慢性疲労症候群の患者は、ただでさえ複数作業を同時にするとパフォーマンスが低下すると報告されています。それに対し、あるCFSに関する資料は、「自分の活動に優先順位をつける患者は…ひとつの重要な活動を行うことが可能」だと保証しています。

ですから、病気や障害のもとで歩み出すためにまず大切なのは、生活をシンプルにし、目標をただひとつにしぼることなのです。目標がひとつに定まれば、ポモドーロ・テクニックなどを利用して、ただそれだけに没頭することが可能です。

2. 自分を支えてくれているものに気づく p135

即興で演技するには、自信をもつことが不可欠です。周りの人が失敗をあげつらおうと待ち構えているのではなく、成功できるよう助けたいと思ってくれていることが理解できれば、堂々と演技できます。支えてくれる人が身の回りに大勢いることに気づく必要があるのです。

著者は「あなたを今支えてくれているものについて思いめぐらしてください」と述べています。そして、そのあと、意外なものに注意を向けています。

『あなたはきっと、椅子に腰掛けてこの本を読んでいることでしょう。その椅子は確かにあなたを支えています。しかしあなたはきっと、わたしが指摘するまで、椅子のことなど考えもしなかったでしょう』。

わたしたちは、身近にありすぎるために、あるいは当たり前すぎるために、自分を支えてくれている大切な人や物を見過ごしている場合があるかもしれません。病気の人はときに、自分はひとりぼっちだ、と思うことがありますが、本当にそうなのでしょうか。注意深く周囲を見回せば、自分を助けてくれる人や物が意外に多いことに気づくでしょう。

著者は、わたしたちが周りを見る3つのレンズがあることを指摘しています(p131)

◆自分を大きくし、他人を小さくする「批判」のレンズ
◆自分も相手も同じ大きさで見る「客観」のレンズ
◆自分を小さくし、他人を大きく見る「贈り物」のレンズ

苦しい境遇では、自己中心的になり、「批判」のレンズを用いがちです。しかし、謙虚になって「贈り物」のレンズを通して他の人に感謝できることを探しましょう。そうすれば、支えてくれているものに気づき、一歩を踏み出す自信が持てるでしょう。

3. 「イエスと言う p40

即興で演技をするには、なにはともあれ、失敗を恐れずに「イエスと言う必要があります。

体調が悪いとき、気分がすぐれないときは、肯定的な返事をためらってしまうものです。「○○しましょう!」と言われても、何かと言い訳をして「でも…」と言ってしまいがちです。

しかし著者はこう述べています。『居心地のいい場所の外にあることに果敢に挑戦してください。カメを思い浮かべると分かりやすいでしょう。カメが前に進むのは、甲羅から首を出したときだけです』。p152

「ノー」と言えば安心感が得られますが、前に進むことはできません。「イエス」と言えば、安全な場所から首を伸ばす必要がありますが、ワクワク感が得られ、前へ進むことができます。たとえ難しく思えることだとしても、あなたがともかく「イエス」と言えば、物事は進展しはじめるでしょう。そうすれば具体的な解決策が見つかるかもしれませんし、だれかがあなたを手助けしてくれるかもしれません。

線維筋痛症の橋下裕子さんも、そのことを「自分の足で立つ」という言葉で表現しておられます。

いま、即興で歩み出す

はじめに書いたように、体調が悪いために行動を躊躇してしまうことは確かにあります。しかし、非常に重い症状の方でさえ、患者会代表として活躍されているような例を見ると、行動できないのは、身体的な制限のためというより、心理的な制限のためではないかと思います。その心理的な制限を取り払うために、スタンフォード・インプロバイザー ─ 一歩を踏み出すための実践スキルは大いに役立つでしょう。

最後にこの本のP77に載せられているアンネ・フランクの言葉を引用して終わりたいと思います。

誰もがどんどん行動を起こしていくと思い描くのは、なんてすてきなのかしら。わたしたちは今すぐ始めることができる。…そして、あなたはいつどんな時も何かを与えることができる。たとえ優しさだけだとしても…!
アンネの日記

 

だれに対して、どのように慢性疲労症候群(CFS)をカミングアウトすべきか―わかってもらうためのアドバイスをまとめました。

疲労症候群(CFS)であることをだれに対して明かすべきでしょうか。どんな方法によって伝えることができますか。

わたしにとってはこれは非常にストレスになる問題です。前に詳しく書いたように、カミングアウトするのは非常に恐ろしいことなのです。

過去に言及したように、病気や障害について明かすことは、いじめや差別、偏見をあおることがあります。自分の病気について明かす際には、慎重になるのが身のためでしょう。それは臆病の表れではなく、災害に備えて準備するのと同様、知恵のある選択です。

このエントリでは、だれに、どのようにカミングアウトすべきかという問題を考えます。

お読みになる前に、以下に書くことはわたし個人の意見に過ぎず、だれにでも当てはまるわけではないことをお含みおきください。どんな対処法を選ぶかは各々が責任をもって判断すべきことであり、このブログは一つの見方を提供しているにすぎません。

 

だれに対してカミングアウトするべきか

だれに対してカミングアウトするべきでしょうか。まただれに対してはカミングアウトしないほうがよいでしょうか。これは相手の立場と状況によって変わります。

(1)医師はどうか

慢性疲労症候群であっても、歯医者や皮膚科や耳鼻科など、他のいろいろな病院にかかることはあります。病院では必ず既往症や治療中の病気を訊かれます。そのような場合、慢性疲労症候群として治療を受けていることを伝えるべきですか。

わたしの経験からすると、あまり伝えるのは得策でないように思えます。なぜなら、慢性疲労症候群という病気に関して、最も議論になりやすいのが医療従事者だからです。人は、自分の知らない分野に関しては、相手の意見を批判しようと思いません。しかし、自分が専門家だと自負していて、何らかの信念を持っている分野に関しては、過敏に反応しやすいものです。これは、科学や宗教の世界で、対立が起きやすいことからよく分かります。

たいていの医療従事者は、慢性疲労症候群という病気について、少なくとも何らかのことを聞き及んでいて、自分なりの意見を持っています。とある研究報告書には「(CFSは)客観性が乏しいため、プライマリケアを担っている内科系の医療機関においてはCFSという疾患の存在は懐疑的にとらえる医師も多い」と書かれています。わざわざ、議論になりかねない点を持ちだすのは、茨の茂みに飛び込むようなものです。良い医療にあずかる前に傷だらけになってしまうでしょう。

しかしこのように考える患者もいるかもしれません。医療従事者がCFSについて正しく理解していないのであれば、せめて自分が声を上げるべきではないか。

CFSの周知を目指すそのような考え方はたいへん立派ですが、大抵の場合、患者が慢性疲労症候群について話したところで、医師の考え方は何ら変わらないでしょう。一般に医者と患者は対等ではないからです。病気を認知してもらうには医学的な権威が必要であり、それはわたしたちではなく研究者や学会の役目です。

ですから、何らかの医療機関を受診するときは、慢性疲労症候群について話すことに慎重になったほうが良いというのがわたしの意見です。そもそも血液検査には何の異常も出ない病気なので、慢性疲労症候群だと伝えたところで、治療に影響が及ぶことはないでしょう。

ただし、一部の薬には飲み合わせがあるので、服用している睡眠薬サプリメントなどがあれば、ちょっとした不調や虚弱体質のため、○○病院でこうした処方をうけている、と言っておくとよいでしょう。嘘をつくわけではなく、必要のない情報は明かさないということです。

例外として、長期間にわたり、何度もかかることになる医者に対しては、最初のうちに慢性疲労症候群について話しておくべきです。二次的に重い病気を発症した場合や、手術を受ける場合などがそうです。自分の体を委ねることになるわけですから、ひどい体調であることを理解しておいてもらう必要があります。

もしあなたが慢性疲労症候群であることを受け入れようとしない医師であれば、その段階で別の医師をあたったほうが賢明でしょう。

(2)家族や親族はどうか

身近な人、特に同居している人に対しては、あらゆる手段を尽くしてでも、慢性疲労症候群について理解してもらうよう努めるべきです。家族や親族が、良き理解者であるかどうかは、闘病生活がスムーズに進むかどうかを大きく左右するからです。わたしたちが闘う相手は慢性疲労症候群であって家族ではないのですから、良い関係を築いておくに越したことはありません。

家族など身近な人に慢性疲労症候群について説明する際、どんな方法が使えるでしょうか。診察のときに、一緒に先生の話を聞いてもらえるよう頼むのが一番でしょう。できるなら、最初の一度だけでなく、毎回つきそってもらえるよう頼んでみてください。

また、慢性疲労症候群を正しく取り上げた書籍TV番組を見てもらうこともできます。例えば、このブログのサイドバーで取り上げている書籍や、薄くて読みやすい働き世代の疲労対策 疲れのメカニズムとセルフケアがおすすめです。

さらに厚生労働省疲労研究班慢性疲労症候群 – Wikipediaなどのウェブサイトを通して、世界各国の政府機関がこの病気に注目し、国際的に研究されている、ということを説明できるかもしれません。

身の回りの人は、ときに理解のない言葉や辛辣な批判を浴びせてくるかもしれません。しかし、あなたが突然変わってしまったために、身の回りの人も戸惑っているのだ、ということを忘れないようにしましょう。

わたしたちの側も、病気によるいらだちを家族に転嫁しないよう気をつける必要があります。過去の記事で取り上げたように、自分は家族にこれこれのことをしてもらえていない、と考えるのではなく、自分は家族に、どんなことをしてあげられるだろうか、と考えましょう。

病床において家族と良い関係を保つのは、非常に困難な場合がありますが、それは、あらゆる努力を傾ける価値のあることなのです。

(3)友人はどうか

慢性疲労症候群についてカミングアウトすることは、良い友人を見分ける効果的な方法です。書籍「うつ」とよりそう仕事術 (Nanaブックス)p52には、「今まで友だちだと信じてきた人」を病気によって喪失することの辛さが書かれています。わたしもそのような経験があります。

今まで親しくしてきた人を失うのを恐れて、カミングアウトをためらうのは当然の気持ちです。しかし、あなたが慢性疲労症候群になったと知って離れていくような人は本当に「友だち」だったのでしょうか。反対に、もしあなたが慢性疲労症候群になったと知っても、変わらず友だちでいてくれる人がいるなら、その人は生涯の親友になるでしょう。

このように、カミングアウトするかどうかは、おもに接する時間の長さに左右されます。迷ったときは、わたしは、この人とどれほどの時間を共に過ごすことになるだろうか、と考えてみましょう。あなたと頻繁に会い、長い時間接し、深く交流する人ほど、あなたの本当の姿について知っておく必要があります。

バック・トゥ・ザ・フューチャーやファミリータイズで有名な俳優のマイケル・J・フォックスは、書籍ラッキーマンの中で、若年性パーキンソン病という病気を患い、カミングアウトに踏み切るまでの葛藤を綴っています。

彼はカミングアウトしたことにより、病気を患う多くの人の共感を勝ち得て、新たな人生を歩むことになりました。しかしラッキーマンのつづきである二冊目の自叙伝、いつも上を向いて 超楽観主義者の冒険では偽りの非難にさらされたことも明かしています。

ですから、カミングアウトは必要以上に恐れるべきものではないとはいえ、慎重になるべき問題なのは間違いありません

(4)初めて会う人

それでは、初対面の人に対してはどうですか。初対面の人にカミングアウトするのは、例えるなら金属探知機をかざして砂浜を歩くことに似ています。カミングアウトという扱いにくい問題において、少しばかり「わくわくする」シチュエーションだからです。いったいどういうことでしょうか。

重症のCFS患者の場合、新しくだれかと知り合う、ということは少ないかもしれません。しかし、わたしは立場上、頻繁に初対面の人と話すので、「初めて会う人」という項目について考えることにしました。闘病中も社会的な活動に携わっている方や、社会復帰を目指しておられる方向けの内容かと思います。

先ほど取り上げた医者、身の回りの人や家族、友人と違って、今回取り上げる「初めて会う人」、というのは少々特殊です。なぜなら、判断材料が非常に乏しいからです。

医者であれば、一般的に、慢性疲労症候群について快く思っていない可能性がある、というデータがありました。家族や身の回りの人、友人であれば、気心が知れているので、いつどのように説明すればよいか、対策を練ることができます。

しかし、初対面の人の場合、分からないことが多すぎます。どこまで行っても砂しかない海岸線のようです。

しかし、これは別の角度から見れば、先入観がないがゆえに、自由に対処しやすいとも言えます。金属探知機を手に砂浜を練り歩く人にとっては、何の変哲もない海岸線も、金がまぎれているかもしれないわくわくする場所です。

以下の部分では「初めて会う人」を交流する時間ごとに分けて考えます。とはいえ、カミングアウトするかどうかは、時間的要素のみに左右されるわけではありません。

(ⅰ)これからもずっと関わることになる人

新しく同じ職場になった同僚や、趣味やサークルで出会う人などがこれにあたるかもしれません。わたしの意見では、これからもずっと関わる必要のある人と出会ったなら、できるかぎり病気について伝えておくべきです。単刀直入に、「じつはわたし自身について、あらかじめお伝えしておかなければならないことがあるのですが…」と言えるかもしれません。

このような場合、カミングアウトは早いに越したことはありません。あとになればなるほど、関係が深まれば深まるほど言い出しにくくなるでしょう。はじめにことわっておかなければ、相手は、健康な人に向けるのと同じレベルの期待をあなたに向けるかもしれません。そして、あなたが期待に添えないとがっかりして戸惑うかもしれません。あなたはやがて、自分が期待に添えないのはなぜか説明せざるを得なくなるでしょう。

ずっとつきあう相手の場合、あなたの病気が治らない限り、どこかでカミングアウトする必要が間違いなく生じます。切羽詰まって精神的に追い詰められるよりは、初対面の場で伝えてしまったほうが、どれだけ楽かしれません。

わたしはこの点で失敗した経験があり、それ以降は、早い段階でのカミングアウトを心がけています。そうすることで、できないことを告げたり、助けを求めたりするのがはるかに楽になりました。

(ⅱ)その場限りの人、ほんの数回だけ会う人

待合室で話す相手や、講習会やちょっとしたパーティ、披露宴などで出会う人などがこれにあたるかもしれません。こちらの場合は比較的自由です。慢性疲労症候群について伝えなくてもまったく構いません。

しかし、そのような出会いの場で、慢性疲労症候群について隠しておくことは、とてももったいない場合があるのです。どういう意味でしょうか。

わたしの経験を幾つか書きましょう。あるとき、同じくらいの年の人と出会い、話し込んだことがありました。どんな仕事をしているのか、という話になり、できれば黙っていたかったのですが、正直に慢性疲労症候群の闘病生活について話しました。社会的な活動がほとんどできていないころだったので、軽蔑されることを覚悟したのですが、意外にも、若くして重い病気とたたかっていることに感動した、という反応が返ってきました。

また別のとき、わたしがためらいながらも慢性疲労症候群について話すと、相手の方は驚いて、自分の友人にも、慢性疲労症候群の方がいると教えてくださいました。それがきっかけで、友だちの輪が広がりました。

ほかにも、わたしが病気を明かしたことで、相手の方が自分や家族の重い病気を明かしてくださり、その場限りで終わるはずだった出会いが、今も続く友情へと発展した経験が幾つかあります。中には、わたしの話がきっかけで、ずっと探していた病名に辿りつけた人もいました。

カミングアウトを楽しむ

もちろん、慢性疲労症候群だと伝えると、そっけない反応が返ってきたり、戸惑わせてしまったりすることもあります。しかしその場限りの出会い、というのは、もし気持ちが通わなくても、あとあと尾を引く被害がありません。また初対面の医者と違って、上から目線でひどいことを言われることもまずありません。

ですから、慢性疲労症候群であることを隠すよりは、何か反応があるかもしれないと思って、気楽にカミングアウトしてみるとおもしろい、とわたしは思っています。もしかしたら金が見つかるかもしれません。

さて、ここまで、だれに対してカミングアウトするべきか、という話題を考えてきました。では、どうやってカミングアウトすべきでしょうか。自分が慢性疲労症候群であることをだれかに伝える際、役に立つテクニックがありますか。

どのようにカミングアウトするか

1998年8月、ノルウェーの、ヒェル・ボンデビック首相は就任直後にうつ病であることを公にし、4週間の病気休暇を取りました。

この驚くべきカミングアウトに対して、野党や国民は非難するどころか共感を覚え、彼がいない間、連立政権の党首たちは協力して彼の仕事を分担しました。そして一ヶ月後に復職してきた首相は拍手を持って迎えられました。首相はその後職務を全うし、現在は各地で自分の経験をもとに講演しています。

ノルウェーの首相の逸話は、カミングアウトすることが自分と周りの人にとってプラスに働く可能性もある、ということを強力に教えています。

ここまでとりあげた、家族に対してカミングアウトするためのヒントを復習しましょう。それは次のようなものでした。

◆一緒に診察を受け。医師の説明を聴いてもらう
CFSについて正しく取り上げた書籍やTV番組を見てもらう
◆国際的・国家的なCFS研究の取り組みについて説明しているウェブサイトを見てもらう
◆助けになりたいと思ってもらえるような患者になる

複数の手段で視覚に訴える

さらに、わたしの現時点での結論では、複数の手段で視覚に訴えることが効果的だと考えています。

長年CFSと闘っている患者の多くは、車椅子マスクを用いています。これらは、体力や免疫力を補うために使用しているのですが、慢性疲労症候群について話すハードルを下げるためにも活用できます。

これらを活用して、以下のように会話できるかもしれません。

相手「 (車椅子や杖を見て) 足が悪いんですか?」

あなた「ああ、これですね。どうも気遣ってくださってありがとうございます。よく訊かれるんです。じつは、わたしは脚が悪いというより、全身に関わる内部障害を抱えているんです。慢性疲労症候群、っていう病気なんですが、ご存じですか?」

マスクをつけている場合は「足が悪いんですか」という代わりに「風邪ですか」とか「花粉症ですか」と訊かれるかもしれません。その場合も同じように会話を進めて、「全身に関わる」の部分を「免疫に関わる」と言い換えるとよいでしょう。

何も訊かれない場合

しかし、相手の方が、それら視覚に訴えるものを見ても、何も訊いてこない場合はどうですか。もしも気にしてくれてはいるものの、訊いてよいのかどうか迷っている様子であれば、自分からこう言うことができるでしょう。

「どうして車椅子を使っているの (または、「杖をついてるの」、「いつもマスクをしているの」),とよく聞かれるんです。少しわたしの身体のことをお話させてもらっていいですか? じつは…」

 

そもそも関心がない場合

問題は、明らかに関心がなさそうな場合です。そのような人は、身近に病気や障害を持つ人がおらず、比較的健康で、弱い立場の人について考えたこともないのかもしれません。カミングアウトしたところで同情心のこもった返事は期待できないでしょう。慎重になったほうがよいといえます。

そのような人に対して、もし病気について話す必要がないのであれば無理に打ち明けることはありません。

しかし打ち明ける必要のある相手であれば、ここまでで紹介したいろいろなテクニックを駆使する必要があります。それに加えて、今後紹介していく予定の比喩表現などを用いて、少しでも相手がイメージしやすくなる分かりやすい説明を心がけましょう。

カミングアウトがうまくいかなかった場合

せっかく勇気を振り絞って自分の病気について話したのに、無神経なことを言われたり、グサリとくる言葉を返されたりすることはあります。

そのようなとき、自分を否定されたような気持ちになるかもしれませんが、落ち込む必要はありません。そうした言葉をかける人は、あなただけでなく、だれに対しても、無神経に振る舞っているものです。また、常識的に考えて、あらゆる人から好かれることは期待できません。そのような人は、歴史上一人もいませんでした。どれほど魅力的な人であっても、その人を気に食わないと思う人はいたのです。

カミングアウトがうまくいかなかった場合、わたしたちにできるのは、相手の反応に倣わないことです。もしひどいことを言い返すなら、自分も相手と同じになってしまいます。

気持ちを切り替えて、あなたのことを受け入れてくれている人たちのことに目を向けましょう。慢性疲労症候群であることを知った上で、自分の力になってくれている人たちのことを考えましょう。そうすれば、今後別の機会が生じたときに、恐れずカミングアウトすることができるでしょう。

この記事で考えたように、カミングアウトは、慎重に考えるべき問題ではあるものの、慢性疲労症候群に対処する上で、避けては通れない道です。そして場合によっては、予想外の喜ばしい反応が返ってくることもあります。

2019年8月の自然観察と道北暮らしの手記 2019/08/30金

2019年8月の道北自然観察日記です。

 

過去にまとめたものですが、再編集し公開することにしました。よろしくお願いします。 

2019/08/30金

ウド(独活)

白い幾何学模様の花を咲かせていたウドが、実を結んでいたのでスケッチ。といっても、このウドの実の美しさはスケッチより写真のほうが見栄えがいい。

花が咲いているときは白一色の幾何学模様だったのが、実がつくと白(まだ残っている花)、緑(実がついたところ)、紫(熟しつつある実)、紺(熟した実)、そして茎も緑から赤紫色になるので、色とりどりの模様になって非常に美しい。秋の訪れを感じさせる。

今回観察したのは葉の形からしてたぶんウドだと思うのだが、同じウコギ科には似た花の植物が多い。タラノキとかハリギリとか。ウドは茎に毛があり、葉が裂けていないことで見分けられると思う。

ハンゴンソウ(反魂草)

死んだ魂を引き戻すといわれるハンゴンソウ。その由来は香りとも葉の形とも書かれていてよくわからない。

今や道北も、外来種オオハンゴンソウ(ルドベキア)に席巻されてひどいことになっているが、この無印ハンゴンソウは在来種で山菜としても食べられるらしい。

ハンゴンソウはキオン属で、キオン(黄苑)とよく似ているが、そっちは普通の形の葉っぱなので見分けがつく。

ハンゴンソウは、小さな花が集まって咲くつつましい花に見えるが、外来種オオハンゴンソウやアラゲハンゴンソウは中央部が大きく、かなりインパクトが強い花。少しだけならいいけれど、あまりに増えすぎていて辛い。そろそろ季節は終わりだけど。

エゾトリカブト(蝦夷鳥兜)

サイクリングの道ぞいに見慣れない紫色の花を見つけて、立ち止まって調べてみた。とても複雑な形の花。でも葉っぱをみればわかる。春先に山菜のニリンソウヨモギと区別しないと命にかかわったあの葉っぱ。トリカブトだ。

6月ごろに咲いていた仲間のエゾレイジンソウはもうすっかり散ってしまったので、すっかり存在を忘れていた。エゾトリカブトは時期がずれていて8月から9月ごろに咲くんだった。

トリカブトの名前は、花の形が、雅楽を演奏する伶人の冠の形に似ていることから。つまり仲間のレイジンソウと同じ由来。(ゲーム好きにはとってはリンクの帽子みたいだけど笑)

とんでもない毒性を持っているが、アイヌの人たちはスルクと呼んで、狩りの矢毒として活用するために栽培していた。

現代でも減毒加工して漢方の生薬の附子または炮附子として使われる。虚弱体質に効き、身体を温める効果があるらしい。

わたしも附子がたくさん入った漢方生薬を処方されて飲んでいたころがあって、特に効いた気はしなかったが、個人的に思い出深い植物。


ここのところ、あまり寝起きがよくなく、疲れが抜けない感じがあります。過眠ぎみで起きると身体が痛い。

引っ越してきてからも周期的にこんな時期があり、周期的によくなるのを繰り返しています。たぶん月齢?あたりが関与するリズムがあるんじゃないかなと思っています。

しかし今日はいい天気だったので、片道5.5kmサイクリングして、近くの山の森に登ってきました。道沿いの植物を観察しながらだったので、3時間くらいフィールドワークしていました。

今日描いた植物はどれも道沿いのもので、森の中で観察したのは別にあります。さすがに森の中でスケッチはできなかったので、明日以降、撮った写真を見ながら描いていけたらなと。

近くの森ですが、一応クマがいる可能性のあるところなので緊張しました。ほぼ一本道に整備されているものの、初めてのルートだったので、これで合ってるのかなと不安だったり。

ヘンゼルとグレーテル赤ずきんちゃんで言い伝えられているような森の怖さを垣間見ました。自然と親しむのは楽しいことだけど、危険を意識したり、注意したりする気持ちを忘れたらだめですね。

2019年8月の自然観察と道北暮らしの手記 2019/08/28水

2019年8月の道北自然観察日記です。

 

過去にまとめたものですが、再編集し公開することにしました。よろしくお願いします。 

2019/08/28水

ミゾソバ(溝蕎麦)

今日はずっと雨。レインコートを着て散歩しましたが、外でスケッチはできないので、家で写真を見ながら。

春にはエゾノリュウキンカが生えていたような湿った場所に、初夏ごろから、三角形の葉っぱのつる植物が一面にびっしり自生しはじめました。

当初は簡単に調べて「イシミカワ」だと思いましたが、今になって花が咲き出すと違う。調べ直したら、たぶん同じタデ科の「ミゾソバ」だとわかりました。湿地に自生すること、三角形の葉っぱなことは似ています。

イシミカワがほぼ完全な二等辺三角形なのに対し、ミゾソバはちょっとツノがせり出していて、牛の顔のようだということで、ウシノヒタイとも呼ばれるのだとか。花とか実の色はぜんぜん違う。

というか、そもそもタデ科のソバがこういう葉っぱなんですね。蕎麦畑はたくさんあるのに、遠目にしか見たことがないので、知りませんでした。

この仲間の植物にはだいたい逆向きのトゲがあって、それを引っかけて広がっていくそうです。最もトゲトゲしい種にはママコノシリヌグイというひどい名前がついています。

ほかにも、ウナギツカミといった名前の種もあって、なかなかユニークだなと思いました。


最近、うちのトウモロコシやジャガイモを収穫しました。農家みたいに立派ではないけれど、手作り感のある素朴なかわいさでおいしかったです。

雨の日は、これまで外出を敬遠しがちでしたが、しっかり登山用のレインウェアで身を包めば、わりと快適に散策できることに気づきました。

レイチェル・カーソンは雨の日の森はとても鮮やかで美しいと言っていましたし、サンカヨウみたいな雨の日限定の美しい植物もあったりするから、来年はもっと雨の日を活用したいです。

わたしの好きな物寂しい・物悲しい曲調のゲーム音楽BGMリスト+明るい曲も少し

ときどき、好きな音楽は何ですか?と聞かれます。わたしは残念ながら、アイドルの曲や、流行の歌はまったく知りません。アニメの主題歌も知りません。クラシックは一時期聞いていましたが、それほど詳しくありません。

しかしわたしはゲーム音楽と一緒に育ってきた世代なので、ゲームBGMには、いろいろ思い出のある曲があります。基本的にメジャーなRPG中心とはいえ、それなりに多くの曲を聞いてきたほうだと思います。それで、簡単に好きな曲と感想を書いておきたいと思います。

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物寂しいゲーム音楽BGM

特に意識していなかったのですが、最近、友人に好きな曲は何か、と聞かれて整理してみたら、わたしの好きなのは物寂しさを感じさせる曲だとわかりました。共通する調があるのかはわかりませんが、どれも寂寥感や切なさのこもった曲です。

ちなみに、人はなぜ悲しい音楽を愛するのか | ライフハッカー[日本版]によると 物悲しい曲が好きな人は『「共感的配慮」のレベルや、他者の感情への共感能力が高く、他者に慈愛、思いやり、同情の気持ちを感じやすい』 んですって!(笑)

ゲームのタイトルは人気のあるものばかりですが、その中でも、多くの人に好かれる曲とは、少し趣向が違っているようで、マイナーな部類に入るかもしれません。同じような趣味の人にとって役立つかと思ってまとめてみました。

ゲームの曲なので、BGM単独で聞いて良かったわけではなく、プレイ中のシチュエーションとの相乗効果で気に入ったものが多いです。曲だけ聞いてもピンとこないものも多いかもしれません。

また、ゲームに用いられるボーカル付きの曲の中にも好きなものはありますが、ゲーム内でボーカル付きとして流れる曲は除外しています。ボーカル付きが存在するものの、ゲーム内でボーカルなしのメロディとして流れるもの(たとえばMOTHER2DQ5のエンディング曲など)は含めています。

■ロンドン3 (レイトン教授と最後の時間旅行) DS

レイトン教授シリーズは好きな曲が多いですが、一番好きなのがこの曲。サビの部分の盛り上がりが切なく、感情をかきたてられます。「レイトン教授のテーマ」なども好きですが、心が揺さぶられる点ではこの曲にかないません。

■隠れ村ファルガバード (ファイナルファンタジー3) FC

ファイナルファンタジーシリーズで一番好きな曲。…なのですが、プレイ中の記憶はまったくないです。それほど場面に合っていて、のめりこんでいたということでしょうか。どこか寂しげな辺境の村を感じさせるメロディです。

■果てしなき大海原 (ファイナルファンタジー3) FC

同じく3から。一面海に沈んだ世界に放り出されたときに流れる、海の広さと物寂しさを見事に表わしている曲。ストーリーとも画面ともマッチした名曲です。一時的にしか流れないというのも、演出上の好ポイント。特にファミコン音源の寂寥感が好き。

■いつか帰るところ (ファイナルファンタジー9) PS

FF9は、メインテーマである、「Melodies of Life」も好きなのですが、物寂しさと雰囲気づくりという点では、タイトルテーマのこの曲も素敵です。寂しげですが、とても美しい響きで、物語のはじまりを予感させます。

■ぼくが想い焦がれた場所 (FFCC リング・オブ・フェイト) DS

これはエンディングテーマなだけあって明るい曲です。悲しさも寂しさも辛さも、物語で味わったすべてのことが報われてハッピーエンドを迎えた感慨がこもっています。途中、少しテンポを落として寂しげな曲調になるところが、過去を回想しているようでぐっと来ます。

結婚ワルツ (ドラゴンクエスト5) SFC

これもエンディングテーマ。明るい曲調ながら、ところどころに織り込まれた少し悲しげな雰囲気が、辛いことを乗り越えてハッピーエンドにたどり着いた主人公の波乱の物語を思い出させてくれます。公式歌詞も気に入っています。

フォークダンス (ドラゴンクエスト6) SFC

ドラクエ6の祭りの曲。一見、ものさびしさとは無縁で、小じんまりとした楽しい雰囲気を醸し出している村祭りにぴったりの曲ですが、ストーリーを遊んでみると、終盤、非常に切ないシチュエーションで流れます。真実を知ることで、小さな幸せの日々が失われ、儚く消えてしまう。そんな切ない悲しみを演出する名曲です。

■失われた世界 (ドラゴンクエスト7) PS

ドラゴンクエストシリーズの中で、一番好きな曲。ドラクエで最も物寂しい曲といえば、この曲を挙げる人が多そうです。DQ7は進んでも進んでも、悲しい世界が待っていて、各地のストーリーとこの曲がマッチしすぎています。物語の没入感を高める思い出の曲です。

七英雄バトル (ロマンシング・サガ2) SFC

七英雄の生い立ちの悲しさが込められたような、それでも戦わなければならないという切なさを感じさせるドラマチックな曲です。それでいて、あの七英雄の恐ろしいまでの強さをも思い起こさせる緊張感もあります。

■ポドールイ (ロマンシング・サガ3) SFC

雪に閉ざされた街の曲。寒々とした雪がちらつく暗い街を、うまく表現した寂しげな曲で、印象に残っています。

■魔王への叙曲(ライブアライブ) SFC
SFC時代のスクウェアの隠れた名作ライブアライブから、魔王への叙曲。ネタバレになってしまうので詳しく書きませんが、終盤のとあるショッキングなイベントの後に流れる疾走感のある曲。ドラマティックな本作の中でも、特に哀愁漂う名曲で、曲とシーンががっちり噛み合っていて印象に残ります。ライブアライブでは、やはりドラマティックなシーンで流れる功夫編の鳥児在天空飛翔 魚児在河里游泳のすばらしい名曲なんですが、大人になってから、魔王への叙曲の物悲しさの魅力に気づきました。

■ホームタウンドミナ (聖剣伝説LOM) PS

どこかジブリ作品を感じさせる、懐かしさと切なさが入り混じった曲。メロディのループは短いので、口ずさむと、同じ部分ばかりになるのですが、それでもこれだけの雰囲気を演出できるのがすごいです。

■みどりの思い出 (クロノトリガー) SFC

クロノトリガーは良曲ぞろいで、「時の回廊」や「風の憧憬」など、有名な曲がいろいろあります。しかし、ゲームのサウンドテストモードで聴いていたとき、一番リラックスできたのが「みどりの思い出」でした。心地よい高音に癒やされます。

■街並みを君と (ワイルドアームズXF) PSP

民族調の少し寂しげな街の雰囲気を醸し出す曲。後半になるにつれ、街が賑やかになって、楽しげな曲調に変わるのも、魅力的です。

■古跡ノ樹海 (世界樹の迷宮2) DS

最初の迷宮の曲。物語のはじまりを感じさせる独特なイントロがすごく気に入っています。メロディも、長時間、森の樹海を探索するのに合っていて、ずっと聴いていられるほどしっくり馴染みます。1~4の一層の曲の中で一番好きです。

かぜのさかな エンディングバージョン (ゼルダの伝説 夢をみる島) GBC

どこか切なく不思議な物語全体を貫くメインテーマであり、エンディングで真価が発揮される印象深い曲。物語の要所要所で奏でられ、少しずつ音が加わっていき、最後に哀愁漂うフィナーレを見事なまでに演出してくれる名曲です。

SMILES and TEARS (MOTHER2) SFC

これは説明する必要のないほど屈指の名曲。有名なエンディング曲です。公式歌詞を知ると、より感慨が深まります。長い冒険のさまざまな思い出がよみがえります。

■メインテーマ (ゼノブレイド) Wii

前半から後半にかけての盛り上がりがものすごいテーマ曲。最初はおとなしい曲で、少し寂しげな印象ですが、少しずつテンポも音量もアップしていき、最終的にはドラマチックな曲になります。背景が変化していく画面にマッチしていました。

■オープニング (SDガンダム外伝2円卓の騎士) SFC

曲名が合っているかわかりませんが、タイトル画面前のデモの曲。悲しさを織り交ぜた高貴な雰囲気のある美しい曲です。円卓の騎士の曲は、どれも独特の気品が漂っていて非常に記憶に残っています。

■君がいるから (魔装機神 LOE) SFC

主人公の背負った重い使命を表すかのような、勇ましく、それでいて切なさを伴ったフィールド曲。一曲のループが長く、少しずつ少しずつ盛り上げていき、感情を圧倒します。

■不死の国 (ブレイブリーデフォルト) 3DS
名曲ぞろいのブレイブリーデフォルトですが、この曲はタイトルどおり、不死の国「エタルニア」で流れる切ない曲。町のBGMとは思えないほど琴線に響く寂しげな旋律です。

Child of Light – Aurora’s Theme (チャイルドオブライト)WiiUなど

チャイルドオブライトのメインテーマであり、主人公のオーロラ姫のテーマでもある。鳥肌がたつように美しい水彩画のようなグラフィックの世界観に、これでもかというくらいマッチしている儚げな名曲。タイトルデモを繰り返し見て、ひたすら聞いてました。あの美しくも物悲しい雰囲気のレムリア王国のファンタジー世界の思い出がよみがえる。ボス戦の曲も必聴。

■お化け屋敷のうごく床 (スーパーマリオ3Dワールド) WiiU

寂寥感に満ちていて、バックで雷の音とかが聞こえそうな、古めかしい館を想像させる曲。お化け屋敷というより、廃墟の探索にもってこいのイメージです。マリオ3Dワールドは名曲ぞろいですが、あえて、この曲が一番感動しました。聞いていて落ち着く。

■どうどうめぐりのラビリンス (ヨッシーウールワールド)WiiU

ヨッシーウールワールドは、毛糸のふわふわしたグラフィックに合った柔らかい曲が多いのですが、この曲の流れるステージは、雪の降りしきる迷宮を探索するというもの。寂しいというイメージとはまた違い、むしろ独りで迷宮で迷っているのに、ぬくもりと安心感で寂しさを埋めてくれるような曲です。なんだか懐かしく、大切なものを探して歩いているような。地味な曲ですが、印象に残りました。

明るいゲーム音楽BGM

明るい曲やかっこいい曲も好きですが、あまりレパートリーがないので、こちらにまとめておきます

■メインテーマ (スーパーマリオギャラクシー2)Wii

マリオギャラクシーシリーズは、勇ましくかっこいい曲が多いのですが、特に2のメインテーマは好きです。宇宙を股にかけた冒険が始まるというワクワク感をいやが上にも高めてくれます。

■モルド・ゲイラ (ゼルダの伝説 風のタクト) GC

流砂に足を取られながらも華麗な身のこなしで戦うボス戦に見事にマッチした祭囃子のような一曲。軽快なテンポの笛が印象的ですが、曲芸団の踊りのような、一歩踏み外せば奈落の底へ、という緊張感も伴ってボス戦を盛り立てます。

■待ち合わせは噴水広場で (テイルズオブレジェンディア)PS2

ディズニーランドのような明るくてきらきらしたメロディが印象的です。非常に豪華でいろいろな楽器が鳴り響いているように感じます。

■この星をかけた魂の戦い (星のカービィトリプルデラックス)3DS

イントロがとてもかっこいい曲。その後の疾走感や、グリーングリーンズのアレンジも盛り上がります。

■眠らずの戦場 (新世界樹の迷宮 ミレニアムの少女)3DS

終戦の曲。いよいよ最後なのだ、という感動をかきたて、怒涛のごとくエンディングへとなだれこむような勢いを感じさせる、盛り上がる曲です。

■箱舟に乗って (ドラゴンクエスト9,10)DS/WiiU

ドラクエの空飛ぶ汽車、あるいは鉄道の曲。最初はそんなに好きでもなかったのですが、10で流れるオーケストラ版を聴いて気に入りました。汽車の雰囲気が出ている楽しい曲です。

■メインテーマ(Wii Sports Resort)Wii

Wiiスポーツリゾートのタイトル画面で流れて、そのほかのところでもいろいろアレンジされているメインテーマ曲。マリカ7のウーフーアイランドコースでも流れてましたね。この曲を聞くと、すごく体を動かしたくなります。わくわくする。宮本さんのウーフーアイランドキャラクター化計画が進んでいないことだけが気がかり。

■メインテーマ (わがままファッション GIRLS MODE よくばり宣言!)3DS

曲名が分かりませんが…。ガルモ2で、頻繁に流れるあの曲といえば、プレイした人にはわかるのではないかと。起動時のアイコンでも流れますし、要所要所でアレンジして流されます。なんだか夢を感じさせる曲で好きです。

Hooked (スプラトゥーン)WiiU

三人組のバンドHightide Eraが演奏している設定のバトル曲。スプラトゥーンは、独特なイカした曲が多いですが、バトル曲で一番好きなのはこれです。アップデート告知の5番目のCMが初出で、初めて聞いたときに心をつかまれました。走り回りたくなるような軽快なピアノがいいですね。

■ドッサリ雪にごようじん! (ヨッシーウールワールド)WiiU

ヨッシーウールワールドの雪のステージで流れる、とても楽しげでわくわくする音楽。グラフィックの柔らかとあいまって、踊りだしたくなるような笑顔になる曲です。

ほかにもいろいろあった気がしますが、今思い出せるのは、こんなところです。

ゲームをたくさんやっていたのは昔の話なので、最近の曲は少なめですが、こうした曲を聞いていると落ち着く気がします。

うちの親が言うには、わたしがおなかの中にいるとき、ドラクエをやっていたそうで、モーツァルトならぬゲーム音楽で胎教?していたそうです。そのせいでゲーム音楽が落ち着くのかも(笑)